
理学療法士は踵から接地するように言いがち

「○○さん、踵から着くように歩いてくださいね〜」
みんな"踵から接地して歩く"ことを指導・指示しがちですが、あまり意味ないですよ。
意味ないどころか、逆効果だったりもします。


え?正常歩行では踵から接地するじゃないですか。
踵から接地して歩くように練習したらダメなんですか?
じゃあ、どうしたら良いんですか?
歩くとき、踵から接地せずに足の裏全体やつま先から床に接地して歩く方は多いです。
特に脳卒中によって片麻痺を呈している方では、つま先のやや外側から接地する方が多いのではないでしょうか。
そんなとき、療法士、特に理学療法士は「踵から着いてくださいね」と言ってしまいがちです。
実はこの声かけ、無意味であるどころか、逆効果だったりもするのです。
今回は、踵から接地するように言ってはいけない理由について解説していきたいと思います。
こんな方にオススメ
- 脳卒中片麻痺の患者さん・利用者さんを担当することのある新人療法士
- 踵から接地していない(できない)患者さん・利用者さんを見ると、「踵から着いて!」と言ってしまいがちな新人療法士
- 踵から接地できない患者さん・利用者さんに、どんな声かけや練習をして良いかわからない新人療法士
踵から接地するように言ってはいけない3つの理由
人は歩くとき、踵から地面に接地するのが一般的かと思います。
多くの人を対象に歩行を分析した研究では、対象者の歩行を平均して、『正常歩行』と呼ばれる歩行を導き出しています。
このような『正常歩行』と呼ばれる歩き方では、人は踵から床に接地することになっています。
にも関わらず、なぜ踵から接地するように言ってはいけないのでしょうか。
その理由は、次の3つが挙げられます。
3つの理由
- 踵から接地するのは目的ではなく結果
- 形の修正は機能的にならない
- 「踵から着いて!」は「つま先挙げて!」と勘違いされやすい
この3つの理由について、それぞれ解説していきます。
この記事を書いた人

理学療法士として訪問看護ステーションに勤務しています。
病院での勤務経験もあり、比較的広い領域の経験を持っています。
経験年数も十数年目となり、いわゆる中堅の理学療法士です。
踵から接地できない理由と対処法

そもそも、踵から接地できない理由というのはなぜなのでしょうか?
疾患や身体状態によってその理由は様々ありますが、代表的なものとして脳卒中片麻痺で多くみられる歩行様式で考えてみたいと思います。
その上で、前述した3つの理由について解説していきます。
脳卒中片麻痺で踵から接地できない理由
脳卒中片麻痺では、多くの場合『痙性』と呼ばれる症状がみられます。
これは、筋肉に意図しない収縮が入ってしまう状態として観察され、この意図しない収縮というのはある程度パターン化した形でみられます。
そのパターンというのが、股関節内転、膝関節伸展、足関節底屈・内反という形です。
このパターンは『伸展パターン』などと呼ばれることは養成校でも教わることではないでしょうか。
歩行中にこの『伸展パターン』が出てしまう場合、脚を前に出した時点でつま先が下がった状態になってしまうため、踵から接地することはできません。
また、『伸展パターン』以外にも、『ぶん回し歩行』や『下垂足』、『内反尖足』というような名前で説明される症状から、踵から接地することができない場合も多いでしょう。
要するに、脳卒中片麻痺ではその症状からつま先が下がった肢位をとりやすく、その結果、歩行中に踵から接地できないという状態が観察されるのです。
理由①:踵から接地するのは目的ではなく結果
では、「踵から着いて!」などと言ってはいけない理由について解説していきたいと思います。
まず一つめは、踵から接地するのは目的ではなく結果ということです。
先述した『正常歩行』と呼ばれる歩行では、基本的に健常な方を被験者・対象者として、歩行の計測を行っています。
恐らく、ご自身の歩き方を意識して歩くという場合は少ないでしょう(意識して歩いていたら、測定値は変わってしまうでしょう)。
ということは、「踵から接地しよう」とわざわざ意識して歩いている人というのは基本的にいないことになりますし、私たち療法士も普段からそんなことを意識して歩いてはいないですよね。
にも関わらず、踵から接地して歩いているのはなぜでしょうか。
それは、身体各部の動きが『歩行』『歩く』というものに最適化されて動いた結果、踵から接地するという結果に至っているからです。
正常歩行において、踵が地面に接地したタイミングをイニシャルコンタクト(IC:Initial Contact)と呼びます(理学療法士にとっては当たり前ですね)。
このICで、各関節はどのようになっているのか、引用して見てみましょう。
Kirsten Gotz-Neumann著, 月城慶一ら訳: 観察による歩行分析, 医学書院, 2005
- 股関節…20°屈曲
- 膝関節…5°屈曲
- 足関節(距腿関節)…ニュートラル・ゼロ・ポジション
- 足関節(距骨下関節)…ニュートラル・ゼロ・ポジションないし軽度の内反
ここでポイントになるのは、膝がほぼ伸びきっていることと、足関節はニュートラル・ゼロ・ポジション、つまり底背屈0°の状態になっているということです。
よくある勘違いとして、踵から地面に接地するときにはつま先を上げていると考えてしまう人が多いのではないかと思うのです。
冷静になってこのようなデータを見てみると、つま先を上げる、つまり足関節を背屈するというのは平均的な動きではないのです。
足関節は背屈する必要はなく、底屈していないというだけです。
そして、膝がある程度伸び切ることができていれば、結果的に踵から地面に接地できてしまうのです。
そう、踵から地面に接地するのは、目的ではなく、膝が伸びてつま先が下がらないで足を前に振り出せた結果なのです。
理由②:形の修正は機能的にならない
2つめの理由は、形の修正は機能的にならないということです。
「踵から着いてください」という声かけは、歩行の見た目を修正することを促します。
この「踵から着いてください」という声かけは、これを言った療法士はもちろん意図していないものの、次のような意味を含んで解釈されるでしょう。
「他の部分の動きはどうでも良いから、とにかく踵から床に着くということだけを意識して、そのような形になるように歩いてください」
少し極端かもしれませんが、仮に「踵から着いてください」という声かけ"だけ"をしたのであれば、このように解釈できてしまう言葉ではないでしょうか。
これは、歩行の形、つまり見た目を修正しようとする指導の方法であり、これに基づく練習も形の修正を意図したものとなります。
形を修正するということは、その前提になっている機能の面であったり、この形となった結果として得られる機能の面というのを無視したものとなってしまいます。
理由①でも解説してきたように、踵から地面に接地するというのは、歩行という一連の動作の結果として現れる動きもしくは状態です。
踵が地面に着いたというその一瞬の形だけでなく、その前後の動きも考慮しなければ、歩行という一連の各運動が機能的になることはないと考えられるのです。
理由③:「踵から着いて!」は「つま先上げて!」と勘違いされやすい
最後の理由は、患者さん・利用者さんの受け取り方の問題を含みます。
「踵から着いて!」と言われた患者さん・利用者さんは、どうやってその指示を実行しようとするのか?という話です。
恐らく、「つま先上げて!」と言われたと勘違いして、実際につま先を上げようとする、運動学的に言えば足関節を背屈しようとするのではないでしょうか。
「踵から着いて!」と言われ、それを実行しようとしている患者さん・利用者さんに聞いてみると良いと思います。
ぜひ、「どうやって踵から着こうとしていますか?」と聞いてみてください。
恐らく、多くの方が「つま先を上げようとしている」と答えてくれます。
療法士はそんなこと言っていないのに、不思議ですよね。
言葉というのは、記号です。
その記号を出した方と受けた方で、意図が違ってしまうのは当然であり、特に歩行のような専門家と一般人との間で知識の違いが大きい場合には、このように意図と解釈のズレが起きてしまいやすいものです。
リハビリテーションにおける『言葉』についてはこちらの記事でも解説しています。
このような勘違いがあると、『歩く』という動作を行う中で患者さん・利用者さんが目的とする動きが『つま先を上げる』という動きに置き換わってしまい、足関節を背屈しようとする過剰な努力・力みを生じ、痙性(伸展パターン)が増強するなどの結果、むしろ踵から接地できないという現象を強化してしまう結果になってしまう場合すらあるのです。
どうすれば良いのか
これまでの解説を踏まえ、踵から接地できない場合にどうすれば良いのかを考えてみましょう。
歩行のICにおいて運動学的に重要なのは、膝がほとんど伸びきる(屈曲5°)ことと、足関節はニュートラル・ゼロ・ポジションになることでした。
まず、目の前の患者さん・利用者さんがICにおいてどのような下肢の状態になっているのかを評価するところからです。
私の経験上、多くの場合は踵から接地しようとするあまり、過剰な力みによって膝が曲がっていたり、足関節が底屈・内反していたりすることが多いです。
また、ICで踵から接地する意識ではなく、その前の振り出しの段階で生じた過剰な力みによって、伸展パターンが強くなっていたり内反尖足が強まっていたりします。
このような場合、「踵から着くように」などという声かけではなく、力まずに足を前に振り出す練習や声かけではないでしょうか。
具体的には、次のような声かけや練習が考えられます。
練習と声かけの例
- 足を床から持ち上げるのでなく、滑らせて振り出す練習
- 膝の動きで足を振り出す練習
- 膝の動きで接地する部位(踵orつま先)を変える練習
- 踵で床を触る練習(もしくは声かけ)
- 「つま先は上げなくて良いですよ」という声かけ
- 「力を抜いて膝が伸びるように」という声かけ
対象となる方の症状や状態、目指す歩行や予後予測に応じて、このようなものを選択したり組み合わせたり、参考にしていただければと思います。
まとめ

今回は、「踵から着いて!」という声かけをしてはいけない理由について解説してきました。
その3つの理由は、次のようなものでした。
3つの理由
- 踵から接地するのは目的ではなく結果
- 形の修正は機能的にならない
- 「踵から着いて!」は「つま先挙げて!」と勘違いされやすい
いかがでしたでしょうか?
みなさんの臨床の助け・参考になれば幸いです。
関連書籍紹介
観察による歩行分析
上の解説でも引用した書籍です。
正常歩行について療法士が必ず知っておきたいポイントが網羅されています。
もしまだ手に取ったことのない理学療法士がいれば、一読することをオススメします。
とてもコンパクトにまとまっており、ページ数もそんなに多くないので、読みやすい一冊です。
ペリー 歩行分析
前述の『観察による歩行分析』の著者の師匠にあたる方が書かれた一冊。
一言で言うと、歩行のことが全部書いてあります。
『観察による歩行分析』では物足りないという方には、こちらをオススメします。
とにかく分厚く、正常歩行と異常歩行について網羅的に書かれているので、通読するというよりは辞書的な使い方が良いかもしれません。
私は繰り返し読んでいますが。